看護師の仕事という物。

看護師といいますと、かなりの重労働。

人間が相手なわけです。どう動くかわからない。
時には暴れる患者さんを押さえなければならない。

女性であれば、重い、しかし動けない男性患者を動かして
シーツを取り替えたりしなければならない。

腰や肩に来て肉体的には重労働でしょう。


また、病院という場は汚れを背負っています。

近代社会というのは徹底して合理化し、汚れを払ってきました。

その汚れの最たるものが人の死でしょう。
きれいで清潔な町。一見そう見えるのですが、人間も生身の一個の存在にすぎない。

小児ガンの患者を担当する看護師ならば、まだ10もいかないそんな子供が、外でスポーツをしたい
しかし、それがどんどん出来なくなり、ふさぎこんだりする様子を間近で見なければならないわけですね。

また、30程度のサラリーマンで、奥さんや子供もいる、これからというときにガンを告知され、
煩悶したりする様子を人知れず見たりする。

死後に日記などを見る機会にあって、その心理的な葛藤を知ったりする。
病院は人間が生身の一個の存在にすぎないことを思い知らされる場であるといっていい気がしますね。

そこに従事する看護師は上記肉体的負担のみならず、これ以上見たくない、思わず目を背けたくなるような現実と何度も立ち向かっていかなければならないため、精神的にも大きな負担が強いられるのです。


看護師の仕事について思う事


その中で看護師という仕事に従事する人は疲れきってしまうかもしれません。
ストレスの多い職場と聞きますが現実にそうだと思いますね。時間も不安定で、睡眠も安定してとれない。
他者の健康に配慮する仕事でありながら自分の健康には配慮しにくい職業であるように思います。

まさに病院とは現代の戦場の一つではないかと思うのです。

そうした重労働であるにも関わらず、給与が高いかというとそうではない。

一方で、株や為替で金銭を右から左へ動かすことで莫大な利益を挙げる人間がいます。
もちろん、リスクは取る以上、精神的な負担はあるのでしょうが、肉体的にはクリック一つなわけです。

これは不公平ではないでしょうか?

危険な仕事や人が嫌がるような仕事にこそ、多くの給与を与え、好きなことをやっている人間の給与は少なくていいのではないかとは思います。

こういってしまっては少し失礼に当たるとは思いますが、看護師は年収1000万、歌手ですとかスポーツ選手とかは好きなことをやっているのですから、年収200万程度でもいいのではないでしょうか?

しかし、現実はそうはなっていません。

厳しい労働環境にいる人ほど年収は乏しかったりするわけです。

東日本大震災で瓦礫の撤去をした人たちには月手取で15万円程度である一方で、
官僚の作る第3セクターで働く人間の給与はその倍以上であと聞いた事があります。

ですから、看護師になりたいという人は金銭ということだけを動機として行うというのは大変ですよね。
やはり好きでないと続かない。

看護師求人サイトは第三者的な立場で紹介してもらいたい。


看護師の求人をする場合には、良い情報だけでなく悪い事もすべて提供する必要があるようにも思います。

契約社会は自由意思に基づいていますが、それは十分な情報を得た上でのものだと思いますので。
そうでないと、こんなはずではなかった、という人も多く出てくるのではないでしょうかね。

他にも職業はいくらでもある。それでもあえてきついこの仕事を選ぶのかということだと思います。

もちろん、病院というのは理不尽な場面に遭遇した場合の人間の強さというものにも触れられる職場でもあります。先ほどの小児ガンの子供も、動けなくなっても人前では涙一つ見せなかったという話ですし、サラリーマンの人も家族の前では弱味を見せなかったといいます。

人間は弱い。

それでもなお強くあろうとする人間の姿勢に心打たれるような場面には他の職場に比べ直面する機会は多いのではないでしょうか。

看護師の仕事の魅力の一つはそういうところにあるように思います。